2020年03月05日

【Ot-Channel】末吉宮 - 琉球八社シリーズ(その1):那覇市首里末吉町

内地では、100年以上も続いた神仏習合の歴史が、明治維新のよる神仏判然令により、神と仏が分けられ、神社と寺院は明確に区別されました。ところが沖縄では、未だにその歴史が続いています。つまり多くの神社が寺院とともに存在します。
琉球王国時代、琉球八社として保護された神社を中心に、現存する沖縄の神社を紹介する琉球八社シリーズの第1回は、末吉宮です。
末吉公園の奥、森に囲まれた小高い丘の上に立つ末吉宮は、周辺部に数多くの聖地が存在するパワースポットでもあります。


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【Ot-Channel】続日本100名城にも選ばれた世界遺産 - 座喜味城跡

城作りの名手として知られた護佐丸によって、読谷村が一望できる丘の上に建てられた座喜味城跡は、世界遺産のほか、続日本100名城に選ばれるなど沖縄を代表する城趾の一つです。
黒部ダムなどのアーチ式ダムの構造に似た曲線を描く城壁や、松林に囲まれた城は、首里城や今帰仁城などと比べると比較的小さなものですが、その美しさにおいては引けを取りません。
そんな美しい座喜味城跡を紹介します。

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【Ot-Channel】三山時代の城趾 - 中山城趾::首里城

三山時代の城趾シリーズの最終回は、三山時代に最も力を持っていた中山の首里城です。首里城は、琉球王国の政治、外交、文化の中心地として威容を誇っていました。
1945年の沖縄戦で灰燼に帰した首里城は、1992年、沖縄の本土復帰20周年を記念して国営公園として復元されました。また、中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式や石組み技術には高い文化的・歴史的な価値があるとされ、2000年12月に、日本で11番目の世界遺産として登録されました。
鮮やかな朱色に彩られたその姿は、王国の歴史、文化の息吹を今に伝える沖縄のシンボルです。
そんな首里城を紹介します。

撮影場所地図(Aria Map):  首里城 http://bit.ly/34eQhw5

※追記
この動画は、8月28日に撮影しました。そして、その後10月末に、皆さんご存じのように火災によって、首里城は消失してしまいました。令和元年4月には、外装も新たになり、完全オープンした首里城ですが、とても残念です。
そういう意味でも、この動画は、消失直前の最後の姿を収めたものとなってしまいました。


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【Ot-Channel】三山時代の城趾 - 中山城趾::浦添城

三山時代に最も力を持っていたと言われる中山。その最初の城が浦添城です。その後、尚巴志により首都が首里に移されるまでの間、中山の王の居城でした。
また沖縄戦の折にも、首里地区の守りの要として日本軍が浦添城の死守に拘ったため、ここで激しい戦いが3週間にわたって続いたと言われています。城は、王の古城でありつつも、国や地域の守りの要でもあります。そういう意味でも、ほかの城跡に比べると、数多くの戦跡が城内に残されているのが浦添城です。
そんな守備の要としての城の役割を強く印象づけてくれる浦添城を紹介します。

posted by 猪熊工務店 at 20:14| Comment(0) | 沖縄情報

【Ot-Channel】三山時代の城趾 - 北山城趾::今帰仁城

寒緋桜や世界遺産として知られる今帰仁城は、尚巴志によって琉球王国に統一される前の三山時代には北山の王の居城でした。
首里城に匹敵するほどの大きさで、地形に合わせ弧を描く石垣が美しく、世界遺産のほか、2006年には、日本の名城100選のひとつにも選ばれています。
北山を滅ぼした尚巴志は、琉球王国統一後は、今帰仁城に自分の次男の尚忠を北山の統治と監視のために監守として派遣しました。
それほど今帰仁城は、沖縄本島北部の守りの要に適した場所に存在します。今回は、そんな今帰仁城を紹介します。

posted by 猪熊工務店 at 20:10| Comment(0) | 沖縄情報